パリ。
戻ってきた。
メトロ「アレジア」から地上に出ると、ひんやりとして昔の写真のような灰色がかった空がそこにある。 もう冬の空気感。
パリの街並だ。
なんだか背筋を伸ばしたくなる。
不思議とパリを長く離れていたという感覚はなかった。
もうだいぶ寒い。
「これ、いつ雪が降ってもおかしくないな」
ボソッと独り言を言ってみる。
街にはもうクリスマスのイルミネーションが飾られ始めていた。
2005年11月23日の夕刻。
まずはシェフへの挨拶だよな。
「アレジア駅」から「モンパルナス駅」へまっすぐにつながる「アヴェニュー ド メーヌ」という大通りを歩いて北上すると、6分くらいの場所に ラ・メゾン・クルティーヌはある。
比較的大きめ(4階建)のアパルトマンの、大通りに面した1階で、アールデコ調の大きくお洒落な窓ガラスが見える。店の前にはテラス席もあり、テラスを覆うオレンジ色のオーニングテントがクルティーヌのイメージカラーであり、来店の際の目印となる。
店の左横には、アパルトマン用の高さ3メートルはあろうかという、いかにも西洋的な大きな鉄扉がある。その横の小さなセキュリティーボックスの暗証番号を押し、「ビー」っという音がしている間にこのおもたい扉の片側を押して内側へ入る。(ちなみに「ビー」が鳴りやんだらまたロックするので、暗証番号を押すところからやり直し。)
その重い鉄扉を押して内側に入ると、中庭のような空間がある。その左手の、後から増設したような小さな建物が、僕のステュディオ。ステュディオとは、ベットや、机や簡素な棚などの、これだけあれば、まあ最低限暮らして行けるというような設備のある、月極の安いワンルーム賃貸。 フライパンやお玉などもあったりする。 因みにこのステュディオはシェフが大家さんなので、家賃はなし。ボロいけど、店の裏口まで歩いて7、8メートルという好立地にあって、部屋から10秒で出勤できるなんて夢のよう。ものぐさな僕はとっても気に入っていた。
まずは自分の荷物をその部屋に押し込んで、レストランの裏口へ向かう。
”タケシ”だ。 (現在はフランスで一番有名な精肉店のユーゴ・デノワイエが恵比寿に開いたビストロ 「ユーゴ・デノワイエ」の斉田武シェフ 2016年7月現在)”タケシ”は、実は例のインフルエンザにかかった彼。
僕が一時帰国している間、タケシがクルティーヌの調理場を守ってくれていた。
ちょっと前歯が大きくて背が少し低くって、ネズミっぽいと思ったけど、彼には内緒。
結構気の強い江戸っ子気質の負けず嫌い。 で、お調子者。
超有名な恵比寿のロビュションで鍛え上げられた叩き上げの料理人。
仕事に加わって2ヶ月くらいでギヨム(フランス人の見習いで、鶏の胸肉を捌かせたら、モモ肉は捨てて胸肉だけを持ってきた男。下ネタが苦手な若者。)といざこざになって、言い争いの途中で頭突きして、ギヨムの鼻を折ってしまって、それからタケシは ”クッドブル”(un coup de boule:頭突き)と周りから呼ばれた。
もう一人日本人がいる。
僕が帰国する直前にクルティーヌに加わって、タケシと一緒にクルティーヌを守ってくれていた「ノブさん」( 祥瑞 古賀信弘シェフ 2016年7月現在)は、諸事情で日本へ帰らなくてはならなくなり、先日日本へ帰ったということで、ノブさんの代わりに若者が加わっていた。
彼の名前は”トモ”(大門のレ・ピフ・エ・ドディーヌ亀山知彦シェフ 2016年7月現在)といった。
ワーキングホリデーでフランスにきて、クルティーヌで働きたいと店を訪れ、仕事に加わっていた。
軽く挨拶して、イヴ・シャルルの書斎へ。
パリに戻ったことを報告する。
2人で静かに喜びを分かち合う。
しかし、すぐには働けないらしい。
警察や役所など、各所にフランスに入国したことや、いろいろな手続きを完了させなければならなかった。
その夜、営業後店を閉めた後、イヴ・シャルルとティエリーに誘われワインを飲んだ。
その時にこの紙を見せられる。
”レ・ディ・ヴァン・コション ”
直訳すると ”10のワインと子豚達”
10の自然派ワインの生産者が、彼らのワインと最も相性のいいマリアージュとなる子豚になぞらえて描かれている。
ご丁寧に、それぞれの子豚にそれぞれの作り手の表情や仕草の個性を重ねあわせて、描き上げているらしい。
それはティエールという街で行なう自然派ワインの試飲会への招待状だった。
カズも一緒にいくか?と誘われて、僕がいかない筈もなく、”oui、bien sur”(はい、もちろんです)と即答。
いつですか?と聞くと、明々後日のことだった。
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