フランスから自然派ワインの大御所ジェラール・カッツ氏 来日。

1990年代  まだ自然派ワインが無名な造り手ばかりの頃、無名なワインの素晴らしさに着目し、まだ誰も買手のつかないそのワインを、何ケースもパリへ持ち帰り、自分の感動を伝え、共感してくれる人々とともに、まだ無名で貧しい自然派ワインの造り手たちのワインを少しずつ広めていった人物。

もう、今となっては有名すぎるほどの、ピエール・オーベルノワやジャック・セロス、ジェラール・シュレールなども、決して鳴り物入りでデビューしたわけでありませんでした。その無名な時代を支え、経営難になっても、無理をしてでも、彼らのワインを仕入れ、お金に変えて彼らを支え続けたのが、このジェラール・カッツ氏。

まだ世界が、フランスが、自然派ワインに見向きもしなかった頃、まだ自然派ワインというカテゴリーすら存在しなかった頃、まだ数少ない自然派ワインに誇りを持つ一握りの生産者たちにスポットライトを当て、その後進の若者たちを育てられる環境へ導いたのは、間違いなくこの人なのです。

その当時のことを語るジェラールの表情は、奥深く、楽しそうで、懐かしそうで、誇らしげなようで、憧れのような表情になります。

そんな彼のお店がこちら。パリ14区にある「カーヴ・デ・パピーユ」です。

http://www.lacavedespapilles.com/qui-sommes-nous-

とても温もりのある小さなワイン屋さんでは、1200種もの自然派ワインを買うことができます。

全てジェラールが選び、僕が店を訪れれば、当たり前のようにボトルワインを開け、ふるまってくれる。もちろん従業員にも、その場に居合せた買い物客にも。

あの空間をなんといったらいいのだろう。我が家を訪れた友人にワインを振る舞う、そんな感じ。売り物なのに。全く気にせずに。 パピーユに遊びに来るワインの生産者の多いこと。僕がクルティーヌの休憩時間の15時から18時の間にワインを買いに行くと、いつも誰かがいて、紹介してくれる。飲む。そして、僕はワインを買う。

あの頃僕は、毎日仕事から帰ったら3種のワインを飲むことにしていました。
毎日1本ワインを開け、3日に分けて飲み、1日目、2日目、3日目のワインの状況を楽しむ。すると、3種類のワインの表情の違いを楽しめる。そして、3種3分の1ずつ、毎日1本分の量のワインを飲む。

と、まあ僕の話はこれくらいにして、ジェラールのお話に戻ると、かのジャンパスカル ロヴォル(「フランスの7年半」参照)が自然派ワインに目覚めたのも、ある試飲会でジェラールのブースの自然派ワインに触れた時でした。ジャンパスカルは、その瞬間を鮮明に覚えているそうで、まさに、「衝撃が走った」と言っています。
まるで弟子入りをするように、ジャンパスカルは三つ星レストランをあっさり辞めて、街の小さなワイン屋さんを営むジェラールのもとで働き始めたのです。

当時、「三つ星しか働いたことのない生粋のエリート」が、「23歳で三ツ星の4人のソムリエを束ねるシェフソムリエを7年間も勤めた男」が、「ロマネコンティも、ペトリュスも、もう、この世で最高のワインと言われるものや、最高のヴインテージまで知り尽くした彼」が、その全ての経験を振り払い、その衝撃に身を委ねる。そんな体験をさせたのが、この、ジェラール・カッツというわけです。

そんな稀代の英雄(僕の中だけではありませんよ。)が、先日、来日しました。

しかも、日本に着いたその足で、ラ メゾン クルティーヌへ。

ディナーを食べて、それはもう、大興奮。「トレボン!」しか言わないし。
奥様と一緒に、久しぶりのクルティーヌの料理を堪能していました。
嬉しいし、懐かしいし、感動。

もちろんジェラールは、パリのクルティーヌにもよく食事に来ていました。僕がシェフを務めた2年間も、もちろんにです。その当時の料理の話も盛り上がったし、今の僕の料理もとても気にいてくれて。

料理は完全にカズに任せる。とのことなので、始まりの前菜にはやはり、ホロホロ鳥とビュルゴー・シャラン鴨のパテ・オン・クルート。

奥様曰く、「カズ、聞いてちょうだい。実は私、アルザス出身なの。その私が言うのだから間違いないわ。あなたのパテ・オン・クルートは最高よ。トップ! 本当よ! 間違いない! 私、こんな素晴らしいパテ・オン・クルートを食べられるなんて思わなかったの!この日本で!しかもあなたのお料理で! 本当に嬉しいわ! 今とっても幸せ!」
と、一気にまくし立てられて、その話を聞きながらジェラールを見ると、ジェラールも何か僕に伝えようとしていたけど、全部言われてしまったという感じに、親指をグッと立てて、僕の目を見ながらゆっくりと頷き、一言「トレボン カズ」と言ってくれました。

パテ・オン・クルートはアルザスの郷土料理。その種類も様々あって、でも、フランスの中で、アルザスで一番たくさん作られている料理。そんなアルザス出身の彼女にそんなこと言っていただけるなんて、嬉しい限りです。
またクルティーヌのお墨付き料理が一品増えました(笑)。

そのあとはビスク、豚足のクルスティヤン、ブーダンノワールに、甘鯛の鱗焼きホタテの泡とピストー、そして長期熟成肉、日向夏のユンヌルーシュ。

もう、全てに感動してくれました。

「君のレストランは間違いなく二つ星だよカズ。ワインリストも本当に素晴らしい。」との言葉に、奥様は、「そう?私は、最低でも一つ星の価値はあるお店だと思うの。(けど二つ星はあなた、言い過ぎね。的な感じで。)」と。この辺のリアルな物言いや、言い合いが、彼らの言葉がただのおべんちゃらでなく、しっかり評価してくれての言葉だと物語る。

「こんなに香り豊かなビスクはすごいな。」と言ってくれたり、クルスティヤンの中に入っている鴨の心臓のコンフィに驚いて、味わって、トレボン!カズ!だったり、「こんなにうまいブーダンを、これはカズが作っているのか!?」だったり、甘鯛の料理の味わいの完成度に言及し、てまくしたてた最後は「トレボン!」だし、熟成肉にいたっては、「こんな肉は人生で初めて食べた。心から。脱帽だよ。」と。当然のことながら、かのユーゴ・デノワイエやセヴローのウイリアムとも大親友のジェラールが言う。「あれは、今回来日して一番の驚き、一番美味しい料理だった」と最終日にも語ってくれました。

あの、フランスで出会ったジェラールが、初めて日本に来て、迷いながら、不安を抱えながら、小さな地図を頼りに、何とかこの阿佐ヶ谷までわざわざ電車で来てくれて、彼のお店は儲けるようなお店ではなくて、生産者を助ける利益よりも人生の豊かさを大切にするお店を続けているので、裕福では決してないのに、わざわざ来てくれて、フランスで飲む倍くらいの値段もする自然派ワインを開けてくれて、スタッフとも酒を酌み交わし、ワインを振る舞い、語らい、笑う。 もう最高の時間を頂きました。

その後も、築地を少し案内したり、一緒に食事に行ったり、素晴らしい自然派ワインのワイン居酒屋へに行ったり。

最後に、

「カズ。今回は君にまた会えて、君のおかげで、素晴らしい時を過ごすことができた。こんなに幸せな時間、楽しい時間を日本で過ごせるとは思ってもいなかった。ありがとう。本当にありがとう。」

というものだから、
「ジェラール、それは違うよ。この幸せは、今まであなたがたが、豊かな出会い、素晴らしい人生、を歩んできた証。僕ら、自然派ワインが好きなものにとって、あなたは英雄なんだ。あの頃あなたが僕に美味しいワインを振舞ってくれたから、素晴らしいワインのつり手たちを紹介してくれたから僕らの今日がある。その恩返しなんだ。今回よくしてくれた他の店のみんなも同じ気持ちだと思う。みんなあなたに感謝している。あなたはただ、感謝を受けただけだよ。僕は何もしていない。僕はただ、日本のややこしい道に迷わないように付き添っただけ。あなたの優しい人生が、みんなから来日を祝福され、感謝され、貴重なワインをポンポン開けて、5年に1度しか出来ないような贅沢をそれぞれのみんなが催して、ただ、あなたに会えたのが嬉しくって、そうしたっくって、そのようにあなたを迎えただけです。」

それでもジェラールの話は続く。
「もしカズがフランスに来ることがあったら、滞在期間のホテルのためのお金を気にする必要はないよ。なぜなら、君はもう、僕ら夫婦の家族なんだ。君の寝る場所は私たちの家にある。食事の心配だってない。どこかへ食べに行くときだって一緒に行こう。僕の友人たちにとびきりのご馳走を用意してもらおう。君は、何の心配もせず、ただ、フランスに来てくれるだけでいいからね。身一つで来ればいいんだ。フランスに来てくれる日を心待ちしにしているよ。」

そう言って抱きしめてくれるのでした。

ジェラール、本当に、日本に来てくれてありがとう。日本を好きになってくれてありがとう。

必ず、今度は僕から会いに行きます。

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